大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成8年(ワ)4074号 判決 1999年3月11日

原告

大幸薬品株式会社

右代表者代表取締役

柴田仁

右訴訟代理人弁護士

三山峻司

右訴訟復代理人弁護士

室谷和彦

被告

渡辺薬品工業株式会社

右代表者代表取締役

渡辺俊郎

被告

日新薬品株式会社

右代表者代表取締役

中西匡

右被告両名訴訟代理人弁護士

小林俊夫

金兵正樹

森口聡

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金一六〇一万五一一八円及び内金二五〇万円については平成八年四月二四日から、内金一三五一万五一一八円については平成一〇年六月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、胃腸薬につき、別紙被告標章目録AないしD記載の表示を使用してはならず、又はこれを使用した胃腸薬を製造販売し、若しくは販売のために展示してはならない。

二  被告らは、胃腸薬につき、別紙被告製品目録1ないし3記載の包装及び容器を使用してはならず、又は右包装容器を使用した胃腸薬を製造販売し、若しくは販売のために展示してはならない。

三  被告らは、別紙被告製品目録1ないし3記載の容器及び包装を廃棄せよ。

四  被告らは、原告に対し、連帯して金四一七九万七二六四円及び内金二五〇万円については平成八年四月二四日(訴状送達の日の翌日)から、内金三九二九万七二六四円については平成一〇年六月五日(原告平成一〇年六月四日付準備書面送達の日の翌日)から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  基礎となる事実(争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨より明らかに認められる。なお、書証番号は甲1などと略称し、枝番のすべてを示すときは枝番の記載を省略する。)

1  当事者

(一) 原告は、一般用医薬品の製造販売等を目的とする株式会社である。

(二) 被告渡辺薬品工業株式会社(以下「被告渡辺薬品」という。)及び同日新薬品株式会社(以下「被告日新薬品」といい、被告両名を併せて「被告ら」という。)は、医薬品及び医薬部外品等の製造販売等を目的とする株式会社である。

2  原告製品の販売

原告は、別紙原告表示目録一及び二記載の表示(以下「原告表示一」及び「原告表示二」という。)を使用した胃腸薬(以下「原告製品」という。)を販売している。原告製品には、原告表示二Aを付した直方体箱入り瓶詰タイプの製品(検甲2、4)と、原告表示二Bを付したPTP包装タイプの製品(検甲6)があり、原告表示一は両者に共通して使用されている(以下、原告表示一と原告表示二を併せて「原告表示」という。)。

3  被告製品の販売

被告渡辺薬品は、平成七年四月ころから、少なくとも平成九年一〇月下旬ころまで、別紙被告標章目録記載のAないしDの標章(以下「被告表示一A」等といい、被告表示一AないしDを併せて「被告表示一」という。)を使用した別紙被告製品目録1ないし3記載の胃腸薬(以下「被告製品1」等といい、その包装箱及び容器の表示を「被告表示二イ」等という。また、被告製品1ないし3を併せて「被告製品」といい、被告表示二イないしハを併せて「被告表示二」という。)を製造し、被告日新薬品は、被告製品を販売していた(なお被告製品の販売が中止されたか否かについては争いがある。)。

被告製品には、被告表示一A及びB並びに被告表示二イを付した直方体箱入り瓶詰タイプの製品(被告製品1、検甲8)と、被告表示一C及び被告表示二ロを付した直方体箱入り瓶詰タイプの製品(被告製品2、検甲10)と、被告表示一D及び被告表示二ハを付したPTP包装タイプの製品(被告製品3、検甲12)がある。

二  原告の請求

本件で、原告は、被告製品について、①被告表示一の使用が原告表示一に対する関係で、②被告表示二の使用が原告表示二に対する関係で、それぞれ不正競争防止法(以下「本法」という。)二条一項二号(著名商品表示の使用)又は同一号(周知商品表示の使用)に定める不正競争行為に該当するとして、被告らに対し、本法三条一項に基づき被告標章の使用の差止め並びに被告製品の包装及び容器の使用の差止めを、本法三条二項に基づき被告製品の包装及び容器の廃棄を、本法四条に基づき損害賠償をそれぞれ請求している。

三  争点

1  被告表示を使用した被告製品の販売は、本法二条一項二号に規定する不正競争行為に該当するか。

(一) 原告表示は、同号の著名な商品表示に該当するか。

(二) 被告表示一は、原告表示一と類似するか。

(三) 被告表示二は、原告表示二と類似するか。

2  被告表示を使用した被告製品の販売は、本法二条一項一号に規定する不正競争行為に該当するか。

(一) 原告表示は、同号の周知の商品表示に該当するか。

(二) 被告表示一は、原告表示一と類似するか。

(三) 被告表示二は、原告表示二と類似するか。

(四) 被告表示を使用した被告製品は、原告製品と混同を生じさせるおそれがあるか。

3  被告表示は、普通名称を普通に用いられる方法で使用したもの(本法一一条一項一号)に該当するか。

4  被告表示の使用中止の有無及びその時期

5  被告らが損害賠償責任を負う場合に支払うべき損害額

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(被告表示を使用した被告製品の販売は、本法二条一項二号に規定する不正競争行為に該当するか)の(一)(原告表示は、同号の著名な商品表示に該当するか)及び争点2(被告表示を使用した被告製品の販売は本法二条一項一号に規定する不正競争行為に該当するか)の(一)(原告表示は、同号の周知の商品表示に該当するか)について

【原告の主張】

1 以下の諸点から、原告表示には自他識別力があり、著名商品等表示及び周知商品等表示に該当するものというべきである。

(一) 原告表示一に表された「セイロガン糖衣A」の表示は、①その文字態様(外観)において一連のまとまった文字表示として独自の構成であり、②称呼上も「セイロガントーイエー」と一連称呼されて宣伝・取引されているから、この表示自体で自他識別表示たり得る。

(二) 原告表示二に表された原告製品の包装容器全体の表示は、黄地を背景に原告表示一の文字態様を横書き赤字で表し、右製品名と同じ赤色で同製品名の下部の横線が表されてなる斬新な構成態様であり、これも自他識別表示たり得る。

(三) 原告は、従前存したクレオソートを主剤とする胃腸薬に糖衣錠を使用して特殊な薬臭をなくしたものを開発し、昭和四一年六月以降、「セイロガン糖衣」又は「セイロガントーイ」の製品名で販売してきた。現在の原告表示の使用は、昭和五六年一一月からであるが、昭和四一年の発売当初から、「セイロガン糖衣」、「セイロガントーイ」の表示を一貫して使用してきている(甲11)。

また、このようにクレオソートを主剤とする胃腸薬に糖衣錠を使用した製品は、被告製品が登場するまで、原告のみが販売してきたものであり、したがって、原告表示に類似した製品は存在しなかった。

(四) 原告製品は、昭和五七年度から平成九年度の間だけを見ても、約二五九六万個、約一五八億円の売上量があり(甲56、甲71)、クレオソートを主剤とする糖衣錠タイプの胃腸薬の分野でのシェアは優に九〇パーセントを超える(甲55)。

(五) 原告製品については、その発売当初から継続して種々の媒体を通じた宣伝広告を行っており(テレビ広告について甲32ないし48、新聞広告について甲49、ラジオ広告について甲54)、宣伝広告費は、昭和五七年度から平成七年度の間だけを見ても約二四億円(他の商品との混在広告も含めると三〇億円以上)に上る(甲6、26ないし31)。また、平成三年度から平成九年度までの間でも、毎年一億二〇〇〇ないし三〇〇〇万円程度の費用をかけている(甲72)

(六) 原告製品は、一般雑誌に取り上げられるなど、一般消費者の間に浸透しており(甲50、51)、業界においても、「セイロガントーイエー」「セイロガントーイ」といえば原告製品を指称するものとの認識が定着している。

2 被告らの主張に対する反論

被告らは、原告表示はいずれも普通名称又は慣用名称として使用されているにすぎないから自他識別性を欠くと主張するが、次のとおり不当である。

(一) 1で指摘した取引及び宣伝広告の実情からすれば、原告表示一を「セイロガン・糖衣・A」と分断して捉えるべきではなく、「セイロガントーイ」、「セイロガントーイエー」と一連称呼する一体のものとしてとらえるべきである。しかも、前記のように、原告表示は、いずれも具体的な表示態様を有する特定した表示であるから、単に普通名称を示すものではない。

被告らは、原告表示二に付されているラッパのマークによって出所が識別されていると主張するが、右マークとは別に、原告表示自体に識別力がある。

(二) 「正露丸」の名称は、被告が指摘する判決の口頭弁論終結時以降、原告の努力と管理により、昭和四〇年代には識別力を獲得するに至った。

(三) また、原告表示における「糖衣」又は「トーイ」は、一般的な錠剤の種類・性質を示す表示としての機能しか有しないものではなく、「糖衣」の文字を含む原告表示が一体として識別性を獲得している。

(四) 被告らはかつて存在した「正露丸糖衣錠」の例を指摘するが、それらは配置薬として取扱量も少なく、目に付くこともほとんどないから、これらの存在を理由に原告表示の識別力が減殺されることはない。

(五) 仮に原告表示が普通名称であると仮定しても、1で述べた態様による永年使用により、特別顕著性(セカンダリー・ミーニング)を獲得した。

【被告らの主張】

原告表示一は普通名称を普通に用いたものにすぎず、原告表示二は慣用表示にすぎないから、いずれも商品表示としての自他識別性に欠ける。

1 原告表示一について

(一) 「正露丸」は、クレオソートを主剤とする胃腸用丸薬の一般的な名称として広く国民の間に認識されており、原告及び被告ら以外にも、右胃腸薬について「正露丸」の名称を使用している例は多数ある。このように、「正露丸」は、取引界において商品の一般的な名称として使用されている普通名称である(東京高等裁判所昭和四六年九月三日判決・乙1、その上告審である最高裁昭和四九年三月五日判決・乙2)。

(二) 「糖衣錠」とは、「飲みよくするために外側を糖製品で包んだ錠剤」の意味で、一般的な錠剤のコーティング方法を指し示す言葉にすぎず、普通名称である。

(三) 「A」は、アルファベットの最初の文字であるが、医薬品において品質が優れているイメージを醸し出すためこのような表示がなされることが少なくなく、これによって格別の特異性が生じるものではない。したがって、これも普通名称である。

(四) 原告表示一は、このように自他識別性に欠ける普通名称を単に組み合わせただけであり、デザインも特徴性に乏しく、医薬品の包装としてはありふれたものであり、全体としても自他識別性に欠けるので、商品表示たり得ない。

2 原告表示二について

原告表示二のうち、素地として暖色系を用いる点は、服用することによって胃腸の冷えが治るようなイメージを出すなどの目的から、下痢止めなどの胃腸薬において常識的に用いられるものであり、慣用表示にすぎない。

また、下地に暖色系を用いる場合に、他の部分に赤や黄色等の暖色系の色を用いるのは当然のことであり、横線を引くのもありふれた手法である。

このように原告表示二は、自他識別性のない原告表示一に右のような慣用表示が組み合わさって作られているにすぎないから、これも自他識別性を欠くもので、商品表示たり得ない。

3 このように原告表示には商品表示性がなく、原告製品は、原告表示ではなく、広告において強調されている「ラッパのマーク」によって初めて自他商品を識別されている。

4 原告は、「セイロガントーイ」と称呼する胃腸薬を永年独占的に販売してきたと主張するが、クレオソートを主剤とする糖衣錠は、既に昭和二三年当時に「クレオソート糖衣錠」との名称で存在しており(乙8)、また、昭和五二年当時には民生薬品工業株式会社の「正露丸糖衣」(乙11)が、昭和五七年当時には大光製薬株式会社の「正露丸糖衣」(乙9)がそれぞれ存在していた。

5 原告は、長期間の使用を主張するが、原告製品の表示態様はかなり変遷しており(甲11)、瓶詰めタイプの製品では「セイロガン」との片仮名表示が継続しているにすぎず、PTP包装タイプの製品でも赤字の「セイロガン」以外に共通点はない。他方、ラッパのマークの表示は一貫して使用されている。

6 原告は宣伝広告の実績等を主張するが、本件における原告表示は、普通名称又は慣用表示をその第一次的意味において使用しているにすぎないから、そのような表示が特別顕著性を獲得することは極めて限定される。

7 原告は、取引の実情からすれば、一体としての「セイロガントーイエー」に識別力があると主張するが、原告表示一を見ても、「セイロガン」という文字と「糖衣」という小さな文字とは明らかに大きさも意匠も異にしており、消費者が原告表示一を見た場合、まず「セイロガン」の文字が目に入るのであり、原告が宣伝している「セイロガントーイエー」と認識する可能性は低い。

二  争点1(被告表示を使用した被告製品の販売は本法二条一項二号に規定する不正競争行為に該当するか)の(二)(被告表示一は原告表示一と類似するか)及び(三)(被告表示二は原告表示二と類似するか)、争点2(被告表示を使用した被告製品の販売は本法二条一項一号に規定する不正競争行為に該当するか)の(二)(被告表示一は原告表示一と類似するか)及び(三)(被告表示二は原告表示二と類似するか)について

【原告の主張】

1 本法二条一項二号の類似性は、需要者に著名表示を容易に想起させるほど似ているか否か、また一号の類似性は、需要者に出所の混同を惹起するほど似ているか否かという観点から、取引上の経験則に従い、離隔観察の方法がとられるのが一般的である。

2 原告製品と被告製品とは、胃腸薬という分野で共通している上に、製剤及び包装態様をも共通にしている。したがって、原告表示の著名性に対して被告がただ乗り行為を行えば、原告表示の著名性が希釈されるとともに、原告の顧客を奪われるという関係にある。

3 原告表示一と被告表示一の類似性について

原告表示一と被告表示一を対比すると、被告表示一では、それぞれ黄地に赤字又は赤囲みの白抜き文字あるいは黒文字で「正露丸糖衣錠AA」「セーロガントーイジョウ」「セイロガントウイジョウ」と表わされてその構成色彩が極めて良く似ており、原告表示一と被告表示一の文字・称呼は類似する。

4 原告表示二と被告表示二の類似性について

(一) 原告表示と被告表示二イの類似性

(1) 双方とも、ほぼ同一の形状・大きさの直方体容器に暖色系である黄ないしオレンジ色地を使用している。

(2) 直方体容器の正面部に、原告表示二と被告表示二イが表されている。

(3) 原告表示では「セイロガン糖衣A」の下部に、被告表示では、「セーロガントーイジョウ」の下部に赤い横線が長く引かれている。

(4) 直方体容器の色調が、暖色系の黄地に、赤・黒系の文字色を配色した色調である。

(5) 箱入り瓶詰め製品について付記されている図形記号が、原被告表示共に外円が太く内円が細線の赤色の同心の二重円で白地に赤色で表わされている。また、その位置は直方体容器の正面部の一方片隅にやや小さく、また同容器両側面部に大きく表わされている。

(6) その他付随的記載部分を含む全体の表示の構成が対応している。

(二) 原告表示二と被告表示二ロの類似性について

(1) 両者ともほぼ同一の形状・大きさの直方体容器に暖色系である黄地を使用している。

(2) 直方体容器の正面部に、原告表示二及び被告表示二ロが表されている。

(3) 原告表示では「セイロガン糖衣A」の下部に、被告表示では「正露丸糖衣錠AA」の下部に赤い横線が長く引かれている。

(4) 直方体容器の色調が、暖色系の黄地に、赤・黒系の文字色を配色した色調である。

いずれも直方体容器正面右側部分に、原告表示では、金地でAの文字(Aの右部分の線幅約1.6センチ)が背景に、被告表示では、金地で太い帯線(幅1.4センチ)とそれに沿って一ミリ間隔をあけ帯線の左側に、細線(幅一ミリ)引かれ、それを背景としている。

(5) 箱入り瓶詰め製品について付記されている図形記号が、外円が太く内円が細線の赤色の同心の二重円で白地に赤色で表わされている。また、その位置は直方体容器の正面部の一方片隅にやや小さく、同容器両側面部に大きく表わされている。

(6) その他付随的記載部分を含む全体の表示の構成が対応している。

(三) 原告表示二と被告表示二ハの類似性

(1) 両者共ほぼ同一の形状・大きさの直方体の容器に暖色系である黄色地を使用している。

(2) 直方体容器の正面部に、原告表示二と被告表示二ハが表されている。

(3) 原告表示では「セイロガン糖衣A」の下部に、被告表示では、「正露丸糖衣錠AA」の下部に赤い横線が長く引かれている。

(4) 直方体容器の色調が、暖色系の黄地に、赤・黒系の文字色を配色した色調である。

直方体容器正面右側部分に、原告表示では、金地でAの文字が背景に、被告表示では、右側三分の一程度の部分(幅約2.3センチ)を金地にした背景とされている。

(5) その他附随的記載部分を含む全体の表示の構成が対応している。

5 以上のように、被告製品の表示には、原告表示によって作りあげられたイメージや広告力ないしは名声への便乗的な利用(フリーライド)の意図の存することが、強く推測される。被告は、本件被告製品について、他に独自に商品表示を採択する余地が十分あるにもかかわらず(甲52)、あえて前記のように原告の著名表示と多数近似する態様の表示を選定しているのである。

6 被告らの主張に対する反論

(一) 被告らは、ベルマークとラッパマークの違いや色彩の違いなどから、誤認混同のおそれはないなどと主張するが、自社標識等が付されていることと他人の有する著名標識の顧客吸引力へのただ乗りとは別概念であり、被告製品に付加されている自社標識(ベルマーク)に識別性があるとしても、これとは別に、原告表示と被告表示について先に指摘した多くの類似点がある以上、市場における需要者の容易想起性や混同惹起のおそれは存する。また、ベルマークは付随的な表示にすぎず、全体の印象に影響はない。

(二) また被告らは、取引の実情に照らせば両表示は類似しないと主張する。しかし、①原告製品と被告製品とが並列して陳列されている場合には、その類似性がかえって強まり、また、両者は常に同時に店頭に配置されているわけではなく、両製品とも存せずに称呼のみで注文をする場合もあること、②実際、取引業者においても両製品の混同が生じていること(甲60ないし62)、③同一種類に属する商品であって表示の類似性が問題となる場合には、両商品の価格が同一であるよりは異なることの方が多く、また、表示にただ乗りしようとする業者の商品の価格が冒用された表示商品の価格より安価であることはしばしば見られる事例であること、④現在の取引実情では、原告製品及び被告製品は消費者が店頭で自由に商品を手にして選択することも多いこと、⑤家庭配置薬として販売される場合にも、取引が薬局・薬店に対して行われる点は店頭販売薬と同様であり、また、これを使用する消費者は、被告表示から原告表示を想起することは容易に考えられることからして、被告らの主張は理由がない。

【被告らの主張】

1 類似性の判断手法について

(一) 本法二条一項二号の類似性について、原告は容易想起性のみを問題とするが、隣接する規定において文言を同じくする以上、一号と同様に解すべきである。

(二) そして、類似性を判断する場合、取引の実情を勘案して判断すべきであり、単に離隔観察を行うのは妥当でない。

(1) 被告製品が店頭販売される場合、原告製品と並べて陳列されるのが通常であり(検乙20)、被告製品は知名度が低い代わりに安価で販売されているのが常態である。消費者は、このような常態下で、原告製品や被告製品を選択するのであるから、過去の自分の記憶にある特定の商品等表示を頼りに商品を選択する場面を前提とする離隔的観察方法は本件では妥当せず、両表示は類似しない。

(2) 医薬品の販売については、薬事法により、薬剤師等による対面販売が定められており、この販売方法の下では、消費者が商品表示を頼りに医薬品を購入することはないから、誤認混同のおそれはなく、両表示は類似しない。

(3) また、原告製品は、いまだ原告表示のみでは消費者の記憶に定着しておらず、せいぜいラッパのマークと合わせて初めて記憶への定着があり得るにすぎないから、やはり離隔的観察方法は本件では妥当しない。

2 原告表示一と被告表示一の類似性について

称呼については、いずれも普通名称の域を出ないものであるから、類似性を論じる余地はない(被告標章が原告表示を想起させるものではない。)。

外観についても、①原告表示はデザインされた片仮名(赤色一色)、被告標章は通常用いられる活字による漢字(黒色又は赤色)を中心とするため、類似性はない。被告標章の「セイロガントーイ」「セイロガントウイ」との文字(赤色又は白抜き)は、振り仮名にすぎず付随的なものにすぎない。

3 原告表示二と被告表示二の類似性について

原告製品と被告製品とは、①それぞれ明るい黄色と赤みがかったオレンジ色で異なる色彩である点、②被告製品が通常用いられる活字による漢字で記載されているのに対し、原告製品は特徴的なデザインがされた「セイロガン糖衣A」の表示がある点、③トレードマークとして、原告製品にはラッパのマークがあるのに対して、被告製品ではベルマークがある点、④被告製品には糖衣の錠剤をデザインとして表示して、中身の剤型と錠剤の色をはっきりと表示している上、「白い糖衣でのみやすい」等の表示が付されていることにより正露丸の黒いイメージを払拭する独自のデザインである点、⑤直方体箱入り瓶詰タイプの場合、原告製品は上部面しか目に入らないが、被告製品は、正面と上部面の二面が同一のデザイン表示になっている点が異なるので、類似性はない。

三  争点2(被告表示を使用した被告製品の販売は本法二条一項一号に規定する不正競争行為に該当するか)の(四)(被告表示を使用した被告製品の販売は、原告の商品と混同を生じさせるおそれがあるか)について

【被告らの主張】

1 原告表示にはそもそも識別力がなく、原告表示と被告標章等は類似しない以上、混同のおそれを問題にする余地はなく、実際上も誤認混同されるおそれはない。

2 被告製品3は、すべて家庭配置薬として販売されていたものであるが、原告製品三は、すべて店頭販売されていたものであるから、両者が誤認混同されるおそれはない。

【原告の主張】

二における原告の主張6のとおり。

四  争点3(被告表示は、普通名称を普通に用いられる方法で使用したものに該当するか)について

【被告らの主張】

1 被告表示一について

一における被告らの主張のとおり、被告表示一は、いずれも普通名称又は慣用表示である正露丸、糖衣錠、AAを普通に用いられる方法で組み合わせたにすぎず、全体として普通名称にすぎない。

2 被告表示二について

一における被告らの主張のとおり、被告表示二は、包装箱の形状、色彩及び模様のいずれについても慣用表示にすぎず、普通名称又は慣用表示を普通に用いられる方法で用いたものにすぎない。

【原告の主張】

一における原告の主張のとおり、被告表示が普通名称又は慣用表示であるとの点は争う。

五  争点4(被告製品の販売の有無及びその時期)について

【被告らの主張】

一  被告渡辺薬品は、次のとおり被告製品の製造及び販売を中止し、被告製品の表示を変更した。

(一)  被告製品一については平成九年七月二九日限り(乙15、16、29)

(二)  被告製品二については同年九月一〇日限り(乙17、18、29)

(三)  被告製品三については同年九月二日限り(乙19、20、29)

二  被告日新薬品は、次のとおり被告製品の販売を中止した。

(一)  被告製品一については平成九年一〇月二日限り(乙16)

(二)  被告製品二については同年九月二五日限り(乙18)

(三)  被告製品三については同年一〇月二三日限り(乙20)

【原告の主張】

被告らの主張は争う。

六 争点5(被告らが損害賠償責任を負う場合に支払うべき損害額)について

【原告の主張】

1 被告らは、被告表示を使用した被告製品の販売について共同して責任を負うべきところ、被告製品の平成七年五月から平成一〇年二月までの販売金額は、四億一七九七万二六四七円を下回らないところ、被告らの営業利益率は併せて一〇パーセントを下らないから、被告らが原告に対して賠償すべき損害額は、四一七九万七二六四円である。

2 そうでないとしても、被告製品の売上高は、一億六〇一五万一一八〇円を下らないから、被告らが原告に対して賠償すべき損害額は、一六〇一万五一一八円を下らない。

【被告らの主張】

被告製品の売上高が、一億六〇一五万一一八〇円を下らないことは認め、その余は争う。

第四  争点に対する当裁判所の判断

一  原告表示一の著名商品表示性(争点1(一))について

1  原告表示一は、別紙原告表示目録一に示したとおりである。

2  被告らは、原告表示一は普通名称を普通に組み合わせたものにすぎないから、商品表示としての自他識別力を欠くと主張するので、この点について検討する。

(一) 「セイロガン」について

(1) 甲4、甲49及び弁論の全趣旨によれば、「正露丸」は原告の主力商品であることが認められる。

しかし、乙1及び乙2によれば、かつて原告を当事者とする商標登録無効審判についての審決取消訴訟の判決(東京高等裁判所昭和四六年九月三日判決、その上告審である最高裁昭和四九年三月五日判決)において、「正露丸」の語は、遅くとも昭和二九年一〇月三〇日当時には、クレオソートを主剤とする胃腸用丸薬の一般的な名称として国民の間に広く認識されていた普通名称にすぎないと判断され、「正露丸」の商標登録が無効とされたことが認められる。

また、乙9ないし11、検乙1ないし6によれば、以前から、原告以外の製薬会社からも、「正露丸」又は「○○正露丸」という名称の医薬品が複数販売されていることが認められる。

他方、甲53によれば、別の裁判例(東京地方裁判所昭和四〇年一〇月五日判決)では、「正露丸」の語は右医薬品を指す普通名称とはいえない旨判示されたことが認められる。

(2) ある標章が普通名称であるか否かはもっぱら取引界の実情との関係で相対的に判断されるべきものであるから、ある時期において普通名称であるとされた標章であっても、その後の取引の実情の変化により、特定の商品を指称するものとして取引界に認識され、自他識別性を獲得するに至る場合があることは否定し得ないところであり、この理は「正露丸」についても妥当する。しかし、本件では、「正露丸」自身の自他識別力の有無については必ずしも立証活動の焦点が当てられておらず、それについて判断できるだけの的確な証拠がないから、本件では、「正露丸」自体はなお普通名称であると前提して判断せざるを得ない。

そして、この理は、「正露丸」の片仮名表記である「セイロガン」についても同様である。

(二) 「糖衣」について

一般に「糖衣錠」とは、「圧縮錠剤の上に白糖の剤皮を施した錠剤である。不快な味、臭気、刺激性等を矯正する目的とか、薬物の変質防止(吸湿、酸化等の防止)の目的に使われるほか、外観美による商品価値を高めるのに用いられている。」(乙5)、「飲みやすくするために外側を糖製品で包んだ錠剤」(乙7)とされており、製剤の一類型を指称する普通名称であることが認められる。

したがって、「糖衣」自体に自他識別力を認めることはできない。

(三) 「A」について

「A」は、アルファベット最初の文字にすぎず、それ自体では自他識別力を認めることはできない。

(四) 右のとおり、「セイロガン」、「糖衣」、「A」の各要素自体については自他識別力を認めることができない。

3  そこで次に、それらが結合した原告表示一の著名商品表示性について検討する。

後掲各証拠によれば、本件では、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、クレオソートを主剤とする胃腸丸薬(正露丸)に糖衣コーティングを施した製剤について、昭和五六年一一月に原告表示一の使用を開始し、以後一貫して原告表示一を使用してきている(甲11)。なお、PTP包装タイプの製品は、昭和六一年七月から発売され、当初は「セイロガントーイ」と表示されていたが、平成四年七月以降、原告表示一に変更して現在に至っている。

(二) 原告製品に原告表示一が使用された後の昭和五六年一一月から被告製品が発売された直後の平成七年一〇月までの間、原告製品の売上数量は総計約二三五二万個、年平均約一六八万個となっており、被告製品が販売される以前の直近一年間で見ると、年間約三〇〇万個(月平均約二五万個)に至っているものと認められる(甲5、甲12ないし25)。

また、株式会社社会調査研究所が薬局POSデータ(約四四〇店)による調査結果をベースに抽出作成したデータによると、平成七年四月一日から平成八年一月までの一〇か月間及び平成七年四月一日から平成八年一一月までの二〇か月間の「クレオソートを主剤とする胃腸薬の糖衣錠」に関する売上は、原告製品が約九五パーセント又は約九三パーセント、被告製品が約五パーセント又は約七パーセントであり、これら製品以外では該当商品は確認されないという結果であったことが認められる(甲55、56)。右データは、一部の標本調査に基づくものであるから、右の市場占有率の数値が厳密に正確なものであるとはいい難いが、少なくとも、原告製品が同種の製品中で圧倒的なシェアを有している点は認めてよいと考えられる。

もっとも、他社商品としては、昭和二三年当時、「クレオソート糖衣錠」が(乙8)、昭和五二年当時、民生薬品工業株式会社の「正露丸糖衣」が(乙11)、昭和五七年当時、大光製薬株式会社の「正露丸糖衣」が(乙9)、昭和六二年当時、和泉薬品工業株式会社の「イヅミ糖衣正露丸」が(乙10)各販売されており、平成八年の中ころからはキョクトウ株式会社の「正露丸糖衣錠」が販売されていること(被告日新薬品代表者の供述、検乙10の1)が認められるが、その販売数量は定かではなく、平成七年ないし八年の時期において、クレオソートを主剤とする胃腸薬の糖衣錠として相応の数量が存すれば、被告製品と同じく前記株式会社社会調査研究所のデータに確認されてもよさそうなものであることからすると、これらの商品の販売量はごくわずかなものであったと推認される。

(三) 原告は、原告製品について、平成二年一一月から平成七年一〇月までの間に、新聞、テレビ及びラジオを通じた宣伝広告費用として、計約二四億五〇〇〇万円(これには、原告が別途販売している「正露丸」が混在するものは含まれていない。)を投下した(甲29ないし31)。

このうち新聞広告においては、通常、原告が別途販売している「正露丸」と並べて原告製品の広告がなされており、そこでは原告表示一が表示され、同時にラッパのマーク及び「わたしにはラッパのマークがついています」との記載がある(甲49)。

また、テレビ広告においては、種々のバリエーションがあるが、いずれにおいても「セイロガントーイエー」と商品名が連呼され、原告表示二の包装箱が映し出されている。また、それとともに、「大幸薬品です」又は「ラッパのマークの大幸薬品です」とのナレーションが挿入されている(甲32ないし甲46)。

また、ラジオ広告においては、「セイロガントーイ」との称呼で商品名が連呼されている(甲54)。

4 原告製品についての以上のような大量の販売、長期にわたる強力な広告宣伝、他に同種の商品名を持つ有力な競合商品も存しなかったことからすれば、原告製品は、被告製品が発売された平成七年四月以前の時点において、すでに「セイロガン糖衣A」の商品名で広く国民の間に浸透していたということができる。そして、需要者が「セイロガントーイエー」(テレビの場合)又は「セイロガントーイ」(ラジオの場合)なる原告表示一の称呼を聞いたときには、原告製品を連想・想起させる状況に至っていたといえ、原告表示一は原告商品を識別する周知著名な商品表示となっていたものというべきである。

この点について被告は、原告表示一は普通名称である「セイロガン」、「糖衣」、「A」をその本来の意味どおりに使用しているにすぎないから、セカンダリー・ミーニングとしての特別顕著性(自他識別性)が生じることはほとんどないと主張する。確かに原告表示一の観念について見れば、「A」の表示は単にアルファベットの最初の文字であるにすぎず、特別の観念を生じさせないものであるから、残りの「セイロガン糖衣」の表示部分によって、第一次的には、「正露丸を糖衣で被覆した製剤」との観念を生じるものというべきところ、この観念自体は製剤の一般的性質を意味するにすぎない。しかし、自他識別力の有無は表示の構成のみによって生じるのではなく、取引の実情に応じて獲得され喪失されるものであるから、普通名称を本来の意味のとおりに使用した場合であっても、使用の態様や取引の実情から自他識別力を獲得する場合があり得ることは当然である。そして、右に述べたように、原告表示一は、多年にわたる販売・広告の状況により、その本来の意味内容を超えて、原告製品を指し示す表示として著名なものとなっていると認められるから、被告の右主張は採用できない。

また、同様に、原告表示一の外観も、右に述べた事情とその固有のデザインがあいまって、原告製品を識別・想起させる商品表示として、需要者の間に周知著名となっているというべきである。

5  これに対し被告は、このような普通名称の結合表示に商品表示としての識別性を認めた場合には、普通名称の独占が生じることになり相当でないと主張するが、元来は普通名称に属するものであっても、使用によって自他識別力を獲得するに至った場合にはその商品表示性を保護すべきことは当然であり、他方その場合でも、普通名称を普通に用いられる方法で使用等することは本法一一条一項一号において許されるところであるから、右の点が原告表示一の商品表示性を否定すべき理由にはならない。

さらに被告は、原告製品はラッパのマークによって初めて識別性を獲得するに至っているにすぎないと主張するところ、確かに前記認定のとおり原告の宣伝広告においてラッパのマークが強調されていることはそのとおりであるが、宣伝広告において商品名とともに自社の名称や標章をも宣伝することは通常行われるところであるから、ラッパのマークが宣伝中で強調されているからといって、原告表示一自体の識別力を否定する理由とはならない。むしろ、先に指摘した原告製品の販売実績と宣伝広告実績からすれば、原告表示一は、原告の標章であるラッパのマークとは独立して、原告製品を示す商品表示としての識別性を獲得しているというべきである。

6  以上より、原告表示一は、本法二条一項二号の「著名な商品等表示」に当たる。

二  原告表示一と被告表示一の類否(争点1(二))について

1  原告表示一は先に述べたとおりであり、被告表示一は、別紙被告標章目録に示したとおりである。

2  両者の外観は、原告表示一が「セイロガン糖衣A」の文字に固有のデザインを施してなるのに対し、被告表示一は、いずれも明朝体又はゴシック体で「正露丸糖衣錠AA」と横書にしてなるのを中心とし、被告表示一A及びDについては、その上に「セーロガントーイジョウ」、「セイロガントウイジョウ」の文字が添えられており、大きく異なっている。

次に、両者の称呼は、原告表示一が「セーロガントーイエー」又は「セーロガントーイ」であるのに対し、被告表示一は、「セーロガントーイジョウエーエー」であると認められ、後者が「セーロガントーイ」の次に「ジョウ」が加わり、さらに、「エー」の後に「エー」が加わる点で異なる。しかし、このような差異は、原告表示一や被告表示一のような長い称呼の中で見れば大きな相違ということはできず、先に認定した原告表示一の著名性をも考え併せれば、需要者は、被告表示一の称呼に接した場合、聞き馴染んでいる「セーロガントーイ」と「エー」の部分の共通性により、原告表示一を連想・想起し、両者を類似のものとして受けとるおそれがあるというべきである。

3  この点について被告らは、原告製品と被告製品が並列して陳列されている取引態様や両者の価格差、医薬品が対面販売される状況からすると、消費者が自己の記憶のみに基づいて商品表示を頼りに商品を選択する状況にないから、離隔観察に基づく類似性判断をすべきではないと主張する。

確かに、本法二条一項二号の「類似」の判断に当たって、取引の実情を考慮する必要があることは被告ら指摘のとおりである。しかし、被告ら指摘の右事情を前提として、両表示を対比観察した場合でも、需要者が被告表示一に接した場合に原告表示一を連想・想起することが妨げられるものとは解されない。右被告ら指摘の点は、いずれも原告製品と被告製品との誤認混同のおそれに係わる事情としては理解し得るが、本法二条一項二号は、商品の誤認混同のおそれを要件としているわけではない。したがって、被告らの右主張は採用できない。

また被告らは、被告製品の包装箱にはベルのマークが付され、色彩が原告製品と異なり、錠剤の絵が描かれていることを指摘するが、これも同様に、出所の混同を防止する観点から問題となり得るにすぎないから、採用できない。

4  以上より、原告表示一と被告表示一は類似しており、被告表示一の使用は、本法二条一項二号の各要件を満たすものと認められる。

三  被告表示一が普通名称を普通に用いる方法で使用するものか(争点3)について

被告らは、被告表示一の「正露丸糖衣錠AA」は、いずれも識別力のない「正露丸」、「糖衣錠」及び「AA」を普通に用いる方法で組み合せたにすぎないから、普通名称を普通に用いる方法で使用したものにすぎないと主張する。

確かに、前記のように「正露丸」、「糖衣錠」及び「AA」の各部分には識別力がないことは、被告ら指摘のとおりである。そして、前記のように「正露丸」をクレオソートを主剤とする丸薬の普通名称であると前提し、「糖衣錠」は製剤の一類型を指称する普通名称であるとした場合、それらを結合した表示である「正露丸糖衣錠」は、「クレオソートを主剤とする丸薬を糖衣で被覆した錠剤」という医薬品の性質を表示する域を出ないから、なお普通名称であるというを妨げない。しかし、それに「AA」を付加した「正露丸糖衣錠AA」についていえば、前記のような「クレオソートを主剤とする丸薬を糖衣で被覆した錠剤」という医薬品の性質を表示するために「AA」を付加しなければならない事情や、付加するのが通常であるという事情を見出すことができないから、「正露丸糖衣錠AA」を全体として普通名称であるということはできない。また被告らは、医薬品の末尾にアルファベットを付加するのは一般的に行われていると主張するが、右は一般論にすぎず、既に原告表示一のような周知著名な表示を用いた同種の医薬品が存在する状況の下において、他に種々の表示態様を採り得るにもかかわらず、あえて「AA」を加えることによって、より原告表示一に接近させる表示方法は、「正露丸糖衣錠」という普通名称を普通に用いられる方法で使用するものとはいえない。

したがって、本件では、被告表示一につき、普通名称を普通に用いられる方法で使用したものとはいえない。

四  被告表示の中止時期(争点4)について

乙15ないし26、乙29、被告日新薬品代表者本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、被告らは、争点4に関する被告らの主張のとおり、被告表示の使用を中止し、別の表示に変更したことが認められる。

そして、被告らが現に被告製品の在庫を保有していること及び将来再び被告表示を使用するおそれがあることを認めるに足りる証拠もないから、被告表示の使用の差止め及び被告製品の容器及び包装の廃棄を求める原告の請求は理由がない。

五  被告らが原告に対して賠償すべき損害額(争点5)について

1  まず、被告日新薬品と被告渡辺薬品の責任の関係について検討するに、乙29及び被告日新薬品代表者本人の供述によれば、最初に被告製品の製造販売を企画したのは被告日新薬品であり、かねてから正露丸を製造していた被告渡辺薬品に相談をし、被告渡辺薬品において研究を重ねて製品として完成させたこと、製品は被告日新薬品から被告渡辺薬品に数量を示して製造を発注し、納品を受けて被告日新薬品において販売したこと、被告製品のパッケージは被告日新薬品が被告渡辺薬品と相談して決めたことが認められる。これらの事実からすると、被告製品の企画・販売は被告日新薬品がイニシアチブをとって進めたものではあるが、被告渡辺薬品も、単に被告日新薬品から製造を受託した製薬業者というにとどまらず、被告製品を企画する一翼を担っていたものというべきであるから、被告日新薬品と被告渡辺薬品は、原告に対し、共同して不正競争行為を行った責任を負うというべきである。

2  次に、被告らに不正競争行為を行うに当たって故意又は過失があったといえるか否かを検討するに、乙29及び被告日新薬品代表者本人の供述によれば、被告日新薬品は、被告製品のパッケージを作成するに当たり、他社のデザインと似ることがないように印刷会社に注意を促し、デザインのサンプルができた時点で弁理士に相談して、他社の意匠を侵害することがない旨の意見を受けたことが認められる。しかし、先に認定したとおり、被告製品が販売される以前において、既に原告表示一は原告製品を示すものとして著名になっており、にもかかわらず被告らは被告表示一を使用したのであるから、右に認定した事情があるとしても、なお被告らには少なくとも過失があるというべきである。

3  そこで進んで、被告らが賠償すべき損害額について検討する。

(1) 乙35及び弁論の全趣旨によれば、被告製品1の総売上額は七三八六万一八九四円、被告製品2の総売上額は五四二五万九〇五〇円であること、被告製品3の総売上額は三二〇三万〇二三六円を下回らないことが認められる。したがって、被告製品の総売上額は、一億六〇一五万一一八〇円を下回ることはないと認められる。

これに対して原告は、甲65ないし69を挙示して、被告製品の売上は右を上回る旨主張するが、右資料は標本として抽出された薬店の売上を統計的に拡大推計したものにすぎないから、乙35及び弁論の全趣旨に照らして採用できない。

(2) また、甲70によれば、我が国の医薬品製造業の売上高営業利益率は、平成六年度において13.89パーセント、平成七年度において14.32パーセントであると認められるから、本件における被告製品の製造販売による利益率は、被告ら両名を合わせて一〇パーセントを下回ることはないと考えられる。

(3) したがって、被告らが被告製品の製造・販売により得た利益の額は、一六〇一万五一一八円(160,151,180×0.1=16,015,118)を下回ることはないと認められるから、本法五条一項により、この額が原告の受けた損害の額と推定される。

第五  結論

以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告の請求は、被告らに対して、連帯して一六〇一万五一一八円及び遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小松一雄 裁判官高松宏之 裁判官瀬戸啓子)

別紙

別紙

別紙原告表示目録二<省略>

別紙被告製品目録一・二・三<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例